ブログ更新テクニックの研修
2008-03-31
3月31日am:11:00〜2時間ブログ更新の指南を頂きました。皆さんにより楽しく、私のホームページをごらん頂くために、しっかり技術の取得をしているところです。
ブログと言えどもまだまだ毎日に日記のように書き込みをしていませんが、気がついたことを「ひろきの独り言」に書き込みをしていきますので宜しくお願いいたします。
私のホームページは、皆さんがごらん頂いた時間・都道府県別・ヒットした人数・回数どのページを開いたかを確認する事が出来ます。(私だけしか分かりません)
例えば夜中の1時、3時、早朝の5時に開いている人がいて驚いています。
これからもお付き合いを宜しくお願いします。
今回は練習の書き込みでした。
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税金 【平成20年3月21日】
2008-03-21
数年前のある講演会で、日本の全税金のうち国が徴収するのが全体の三分の二で、地方は三分の一であり、税を使うのは地方が三分の二で、国が三分の一であると聞きました。
何が言いたいと申しますと。地方で三分の二を使うのであれば、はじめから地方で三分の二の税を徴収する仕組みを作れば良いとの考えるからです。
<言いたい事のまとめ>
1.地方分権が叫ばれている現在においても、権限の委譲があっても、税金の委譲がなければ地方の負担ばかりが増えてします。右の図の通り税も徴収するようにすれば良い。
国が徴収している税金を現在の半分にし、残りの半分は徴収段階から地方に渡し、国は国としてとしてやるべき事(「国民の生命と財産を守る事」)にどう税を使うかを考えるべきである。教育・国防・医療・外交・経済活動の環境整備、環境問題の法制化などを主たる業務と考え、税金の配分をどうするかのルール作りが今の国の最重要課題だと考えます。
2.地方が使う税を国が一旦集め地方へ配分する事自体が、各省庁の無駄遣い、利権・族議員が蔓延る根源になる。お金を握った人は権限も握ったと勘違いをする。
国税を握ると各省庁マンは偉くなったと思い上がる。税は何のためにあり、何のために使うべきかを忘れているのが今の日本ではないか?!
3.地方の事業(やりたい事)のことは地方に任せ、地方に考えさせればよい。
4.最初から税を地方に配分しておけば、地方は補助金を多く国から配分して貰おうと国に陳情する事がなくなり、東京への出張に関する時間と経費負担や事務処理の重複が解消される。
5.補助金自体が国・官僚の権限を増やし、事務手続きが増え事務手続き上の経費が増える。最初から地方で事業を考え、予算化すれば地方の行政担当者だけの人件費で済む。
国・省庁職員の減が可能となる。今すぐ行えば省庁の職員の職がなくなるので、地方への出向を行い、何年か後には転籍をさせれば現在の省庁職員を解雇せずに済みます。
6.人口の東京(関東)への一極集中は何故起こる?
自由経済社会においては、お金が集まる所に人が集まるのは言うまでもないと思います。今の日本がそうなっています。国が使わないで地方が使う税金を国に集めるから、そのお金に集まって企業・人・交通機関・政治・などすべてのものが集まってきています。そして、地方からも国からお金をもらおうと東京へやってくるのです。国は大金持ちで、地方は乞食ですか?
今後地方分権を進め地方で使う金を地方で集めれば。今度は地方に人が集まるようになり地方が活性化されると考えます。
税の配分が一極集中の都市化から、人口が分散化され、全国各地が活性化される時代が来ると信じます。
7.平成19年1月から、国は所得税(国が集める税)を軽減し、市民税(地方が集める税)を増やしました。(所得税軽減同等分)
これが税を地方に持っていく始まりかと思われましたが、三位一体改革も途中で頓挫しています。早く補助金制度を廃止し、国に頭を下げて物もらいに徹する事のないしっかりとした地方自治を確立しなければならないと思っています。
はじめに申し上げたように、税は使う所に集める事が主体性であり、本来の姿ではないでしょうか?
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卒業式 【記載日:平成20年3月10日】
2008-03-16
今年の3月6日にある中学校の卒業式に来賓として出席しました。今年は卒業生が自分たちの卒業式の演出を検討し、今までとは3点違っていました。
1.昨年までは卒業証書授与は総代として一人の生徒が受け取っていましたが、今年は全員演壇に上がり、一人一人が校長先生から受け取っていました。私が議員になってからは、幼稚園、小学校は全員が受け取っていましたが中学では初めてです。時間的には、今までも全員の名を担任の先生が呼んでいたので、そんなには長くなく良いものでした。
2.2点目は、式歌の時に、卒業生が演壇にひな壇状に並び「大地讃頌」と「たび立ちの日に」を歌いました。在校生に向かって歌うのは今までと同じでしたが演壇に並んで歌うのは初めてでなかなか良い演出でした。
3.もう一点、男子生徒、女子生徒の座る位置が反対でした。
卒業式は、次にステップアップする区切りの式典でありますし、家族の支え、先生の支え3年間の中学生活での友達との想い出などが、一気に思い浮かび、生徒以外のみんなが大変感動する式典であります。
しかし私が目にした二人の若くない先生の態度で、私の感動は消えてしまいました。
一人は生徒が式歌を歌っている時に、腕組みし、体を後ろにそらし半身に構えていた先生、もう一人は卒業生が退場する時、先生、在校生、父母、来賓が拍手をして送っている時に、腕組みをし、拍手をせず、一人しらけている先生がいました。
私がもっと若ければ、近寄って注意し、一発頭を張るだろうと考えていました。
私もいろいろな式典や会合に出席させていただいていますが、式典や会合など全ての行動・行事には、必ずT・P・Oが関係してきます。何をするにも必ずT時間、時代・P場所・O目的があるのです。TPOに合わせて、服装、態度、などは変わるものです。
(葬儀には礼服黒ネクタイなど:態度としては相手を思いやる厳粛性などです。)
私が子供の頃、男性の先生はスーツを着てネクタイをし、女性の先生もスーツを着たり、ブラウス姿であったり、凛々しい姿で教壇にあがっていました。威厳があり、尊敬できる態度をする先生が多かったと思い出されます。
20年程前、我が子の授業参観で、学校を訪問した時の先生の姿を見て、驚きました。男女共ほとんどの先生が体育授業の後のようなジャージ姿で、女性の先生の髪の毛がボサボサ、砂埃をかぶった後のような櫛も通さず、朝起きてそのまま学校に来た感じでした。
人は人の姿・態度を見ます、子供を教える立場の先生がこんなに変わっているのかと感じたものです。もっと学校と先生は威厳と誇りを持て、人の手本となれと言いたい。
一時期、生徒の自由、個性の問題に絡めスカートの長さ、髪の毛の色、ヘアースタイル、頭のパーマなどで、校則違反だとかいろいろと生徒の服装・態度の問題が世間を賑わしました。私は、校則違反は許されない立場を取りますが、先生の格好を見たら生徒がTPOを意識せず、反抗するのも無理はないと感じた事があります。
今の教育は個人を平均で見て評価していると考えます、私の子は少し私に似て髪の毛が赤毛でした、学校で先生に髪の毛を染めていないかと注意された事があります。みんなと同じに平均的に黒くする事が染める事になるので、もう一度先生に言われたら、父親の私が学校へ出て行くからと子供に言いました。
人の体温も35.8度くらいの子もいれば36.5度くらいの子もいます。35.8度の子が36.5度で熱があるからと先生に言ったとすると、36.5度なら平熱だから熱は出ていないと判断してしまう先生が今の学校には多くないかと考えてしまします。
平均的に人を見るばかりの教育で、個人を見極められる先生が少ないのではないか?
会社生活の中でも、彼はダメだといっても、今の職場ではダメでも、配置換えをして部署が変われば能力を発揮する人もいるし、レースでも先行する人もいれば、後半に力を出す人もいるわけで、大器晩成という言葉があるように人それぞれに特徴があります。
平均的に物が出来なくても、すばらしい事が出来る人は多くいます。
その特徴を見出す事が「人に対する優しさ」だと私は考えます。平均的な指標で人を判断してはダメだと今回の卒業式に出て考えました。
私に情熱と行動力を与えていただき、改めて考えるきっかけを頂いた卒業式でした。
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